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セコライフ! - 障害福祉と音楽と何かと -

障害福祉の業界で働くぼくが考える医療福祉論から仕事の枠を超えた活動や好きな音楽まで幅広く発信。

第3回「「失敗する機会」を生み出す余白のある介助を」

おはようございます!七草粥を食べ損ねましたSekoです。

さて、今回もヘルパーの仕事に関してのお話。ぼくが障害者ヘルパーになりたての頃、「何でもしてあげます」マインドに陥ったため、脳性マヒの身体障害者に怒られたことがあります。

 

彼は四肢がほとんど動かない、いわゆる重度の身体障害者ですが、ヘルパーを利用して1人暮らしをしています。住みたい場所に住み、食べたいものを食べ、やりたいことをやり、彼らしい生活を過ごしています。

彼はもともと障害者施設に入所していました。

「施設で住んでいたときは、ほとんどの行動は職員の責任になっていた。地域で住むということは、全ての行動が自分の責任になるってことや。覚悟は出来ているか」

障害者施設から地域生活へ移行するときに、施設職員から言われたのがこの言葉。

以来ずっと胸に残っており、この言葉を通して「失敗をする機会」を大事にするようになったそうです。

 

僕は非常に葛藤しました。彼の失敗が怪我や病気を引き起こし、それが介助者のミスになってしまうかもしれなかったからです。

しかし彼に「オレから失敗する機会を奪うな」と怒られてからは変わりました。

失敗=彼自身のミスであり、介助者の失敗とは「彼の意思を尊重しなかったこと」。そう意識転換して、彼に接するようになったのです(もちろん怪我や病気を引き起こす失敗は起こさないよう介助しています)。

目的地へ行くとき道に迷う、彼の分量通りに作った料理がまずい、電動車イスの電池が切れて動かない、お金を使い込んだ……彼の生活には、こうして毎日何かしらの失敗が起こっています。

 

彼と一緒にフォークシンガーのライブを東京まで見に行ったときは、失敗の連続でした。自宅から駅に行くバスを逃し、30分くらい歩いて駅に到着。新幹線にギリギリで間に合いました。

ライブハウスには「重量300kgの電動車イスでも来店可能」と言われていたのに、会場で待ち構えていたのは「地下へと続く20段の階段」。店員やお客さん、アーティストに持ち上げてもらい、会場へ入ることができました。

ツインベッドの部屋を予約していたはずが、実際はダブルベッド。不随意運動で投げ下ろされる手をよけながら、彼と同じベッドで寝ました。

それ以外にも、些細な失敗はたくさん起こりました。

タイムスケジュールをきちんと考えたり、お店やホテルへの最終確認をしたり……僕が率先してサポートしていれば、これらの失敗は発生しなかったと思います。

 

でも、僕はそのサポートをしませんでした。彼から「失敗」を奪いたくなかったからです。失敗がない生活なんて違和感があるし、まるでヘルパーに操作された生活のようですよね。その人らしい生活を、送れていない気がします。

失敗がその人らしさをあらわし、その失敗の積み重ねが唯一無二のその人らしい生活を形づくるのです。

 

「全てしてあげる」精神から脱却し、「失敗する機会」を生み出す余白のある介助を。

身体的に「できる/できない」を把握し、できないことをサポートします。できることは、可能な限り自分でやってもらいましょう。

精神的な「する/しない」を把握し、その人の行動の意志をできうる限り尊重します。

そうすればQOL(生活の質)が向上して、その人らしい生活を要介助者主体で過ごすことが出来ます。

その環境を整えて実行し続け、その人らしい生活をともに創っていくこと。

それこそが、ヘルパーの仕事なのです。

(過去に寄稿したコラムを修正した文章を載せています)